今日は長く、暗い話題なので
苦手な方は避けてくださいね。私が子供の時。
「お小遣い」と言うものは無かった。
家が山奥で、お金を持っても
子供が歩いていける場所にはお店が無かったから
持つ必要性が無かった。
中学になると欲しい物があると
母にでなく父にお金をねだって買っていた。
母に言ってももらえないのがわかっていたのかな。
高校は、自分としては公立私立こだわり無かったけれど
兄から「うちは家計が大変だから絶対に公立に行けよ」と言われ
そのまま素直に公立に行った。
公立とは言え、専門学科の学校だったから
教材を買うのにお金が要る。
母に「○○を今度授業で使うから買うのでお金ちょうだい」と言うと
「すぐには渡せんわ。ちょっと待て。」と言われていた。
だから授業が始まっても用意が出来ず
同級生が作っているのを横で手伝ったりしていた。
その時漠然と「うちはお金が無いんだな」と思ってた。
今にして思えば、私が生まれてから
以前の会社を辞めるまで
両親は大変だったと思う。
(私が少し障害を持っているのも大変な理由の一つ)
私が高校を卒業する間際まで
家は専業農家で、月々の決まった収入が無く
作ったものを売ってお金にしても
それまでにツケにしていた肥料や農薬の支払い
ガスなどの支払いをしていくと
手元に残るのはほんのわずか。
私の教材費は、親戚とかに借りて渡してくれていたようだ。
(母は詳しい事は言ってくれないので憶測だけど)
そんな苦しい生活の中、私が19の時
母が病気になった。
「子宮筋腫」で手術が必要。
それでも仕事を気に掛ける母に
「そんなにしんどい仕事をして体を壊してまでしなくていいよ。」
と私が言った一言で
母の気持ちが吹っ切れたらしい
(何年かして母から言われた)
治療に専念して
さぁ、これからどうしようと考えた時、
地元に新しい工場が出来るので
働き手を探していると聞き
ダメ元で言ったら即採用決定。
その会社は母にとってすごく居心地のいい職場で
毎日喜んで仕事をしていた。
それからうちの生活はゆとりがでて
お金に困る事がなくなっていたように思う。
それまで心臓が悪いのに無理して働いていた父にも
「お母さんが働いてて家の事が出来ない分
お父さんがすればいいよ。主夫になれば?」
と私がすすめてみたら
最初は男の見栄を張りたがってた父も
その生活が快適だったからか
毎日楽しく暮らしていた。
私の方は、高校卒業後、寮住まいで
会社と言う形をとった和裁の学校に就職。
習いながら縫った物の報酬の一部を給料としてもらっていた。
けれど、「寮費」と言う名目で天引きされて、手元に残るお金は
38000円〜40000円。(私が行った所に限らず他の会社も似たような状況)
社会人になって、1番おしゃれや遊びに興味を持つ時ですよね。
ある化粧品会社のすすめで
クレジットカードを作ったのが良くなかった。
すすめられる化粧品を使いたいからカード払い
↓
少し支払いが足りない
↓
ローンで借りる
↓
・・・・・・・・・・・・・・
延々と続く最終的にカードが3枚、ローンが50万円になった時、
これはダメだ!と自分で悟り、
化粧品会社と縁を切りました。
残ったローンは、前の会社を辞めたときもその金額のまま。
運良く退職後3ヶ月目に今の会社に入れた。
今の会社もパート給だから決して給料は良いとは言えない。
けれど、一度悲惨な状態まで行っていた私にとっては
他からは年齢(28歳)で断られていた事を考えたら
採用してくれて良かったと思う。
また、私にとってすごく働きやすい職場なので
楽しく働いてます。
さて、
50万円のローンですが
結果は、
完済してます再就職して3年かかったんですがスッキリと払い終えました。
まず、カードを利率の少ない会社1枚にして
残りの会社は、まとまった貯金が出来次第
一括完済してカード契約を切り、
残りの1社のも貯金が出来てまとめて完済しました。
今は、キャッシングは絶対にしない事にしています。
今の会社にいなかったら
多分まだローン返済に困っていたと思う。
前の職場にいた時はお金が無くて
親に小遣いを貰っていました・・・。
ローンの事は親には言っていません。
言って立て替えてもらうという事をする人もいるでしょうけれど
自分で作ったものの後始末は自分ですべきだと思ってたから。
クレジットカードは便利だけど
使い方をあやまると、
地獄への切符にもなりかねないと私は思ってます。
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